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家具産業のデザイン

「JAPAN FURNITURE」という価値を、どうデザインするか

日本各地には、独自の歴史や技術、文化を育んできた家具産地があり、そこから個性豊かな家具メーカーが生まれ、それぞれの価値を築いてきました。一方で、家具を取り巻く環境や潮流は大きく変化しています。この時代に、日本の家具産業が産地や企業の枠を越えて、「JAPAN FURNITURE」という価値を育て、発信する意義はどこにあるのか。本セッションでは、その問いを起点に、日本の家具産業に求められる新たな役割や、これからのプレゼンテーションのあり方について議論します。あわせて、“JAPAN FURNITURE SHOW by IFFT 2026”の展示の見どころや、その背景にある考え方についても紹介します。

開催日時

2026年8月20日(木) 17:00–18:40[事前申込制]

場所

日進木工トウキョウギャラリー(東京都品川区東五反田5-25-19 東京デザインセンター 1F)

登壇者

ファシリテーター:齋藤精一(パノラマティクス 主宰 / クリエイティブディレクター)
倉本 仁(JIN KURAMOTO STUDIO / プロダクトデザイナー)
木住野彰悟(6D / アートディレクター・グラフィックデザイナー)
高橋優太(UM / 建築コレクティブ)
宮下翔多(UM / 建築コレクティブ)

齋藤精一

倉本 仁

木住野彰悟

高橋優太 / 宮下翔多

参加申込

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家具産業のデザイン

レポート

「JAPAN FURNITURE」という価値を、
どうデザインするか

旭川、飛騨高山、諸富と、産地のつくり手たちが自らの現在地を語ってきた「Japan Furniture Connect Program」。第4弾の舞台は東京、「JAPAN FURNITURE SHOW by IFFT 2026」プレス発表会の第2部という形をとった。ここに集まったのは、家具をつくる当事者ではなく、「JAPAN FURNITURE」というプロジェクトの土台を築いてきたプロダクトデザイナーの倉本仁氏、そのビジュアルアイデンティティを手がけるアートディレクターの木住野彰悟氏、そして今年の「JAPAN FURNITURE SHOW」の空間デザインを担当する建築コレクティブ「UM」の高橋優太氏・宮下翔多氏である。ファシリテーターは、倉本氏とともにこの取り組みの立ち上げに携わってきたクリエイティブディレクターの齋藤精一氏。長らく日本の家具産業を支えてきた展示会「IFFT(東京国際家具見本市)」が終了し、新しい枠組みが模索される中で、なぜ「JAPAN FURNITURE」という名前が生まれ、今年の展示会「JAPAN FURNITURE SHOW」はどうデザインされようとしているのか。仕掛ける側の本音が語られた70分だった。

JAPAN FURNITUREを描く、4つの視点

パノラマティクス(齋藤精一氏)

クリエイティブディレクター。元々は建築を学び、メディアアート作品や芸術祭のプロデュースなどインタラクティブな表現を手がけてきた。近年は大阪・関西万博の共創プログラムディレクターやグッドデザイン賞審査委員長(〜2025年)なども務める。奈良県の芸術祭や旭川市事業を通じて林産業や家具産業と出会い、「JAPAN FURNITURE SHOW」の立ち上げに参画した。

JIN KURAMOTO STUDIO(倉本仁氏)

プロダクトデザイナー。家電メーカーに約10年勤務した後、2008年に独立。東京・目黒に構える自身のスタジオでは、国内外のクライアントと、家具や家電製品のデザイン開発に取り組む。グッドデザイン賞審査副委員長(〜2025年)。2025年に「IFFT」の今後について相談を受け、齋藤氏とともに「JAPAN FURNITURE」の立ち上げに参画。

6D(木住野彰悟氏)

グラフィックデザイナー・アートディレクター。ビジュアルアイデンティティ(VI)やパッケージデザイン、建築のサインデザインを専門とする「6D」を主宰する。不二家やコクヨのVIディレクション、旭川市のデザインシステムなどを手がけてきた。ジャパンファニチャーではコミュニケーションデザインディレクターとして、ロゴマークをはじめとするデザインシステム全体を担当する。

UM(高橋優太氏・宮下翔多氏)

東京とブリュッセルを拠点に4人で活動する建築コレクティブ。宮下氏はスキーマ建築計画を経て独立、高橋氏はノルウェー留学を経てAAOAAに8年勤務した後、独立した。分野の異なるメンバーが集うことで、コンテンツから施工までを一気通貫で手がけるのが特徴。「JAPAN FURNITURE SHOW 2026」では空間デザインを担当する。

問い1:「ジャパンファニチャー」はなぜ生まれたのか

IFFTの終焉、そして「分散と周遊」という発想

「北欧家具というものがありますよね。世界で見ても1つの大きな枠をなしていると思いますが、日本の家具もそうなり得るんじゃないかという可能性をひしひしと感じています」(倉本氏)

齋藤 「JAPAN FURNITURE SHOW」(以下JFS)がどう立ち上がったのか、少しご説明します。僕と仁さんは、ほぼ同じタイミングで「IFFTをこれからどうしていこうか」というお話を日本家具産業振興会さんからいただきました。一箇所に集まる「集合合同」型の展示会がブランディングやプロモーションの手段として効かなくなってきている中で、コペンハーゲンの「3daysofdesign」などの動きも踏まえ、これからは「分散と周遊」なんじゃないかと。産地の「オープンファクトリー」と都内の「デザインウィーク」をつなぎ、ミッドタウンの会場は全体の「目次」として機能させる。そういう考え方で、従来のIFFT(東京国際家具見本市)に代わる新しい展示会の形を考え始めました。仁さん、最初のアイディエーションの経緯はいかがでしたか。

倉本 当時、デンマークの「3daysofdesign」が盛り上がる一方、ミラノサローネは落ち着いてきていました。ミラノは一箇所に集まる作り方ですが、デンマークは自分たちのショールームや工場に人を呼んで、リッチなブランド体験をしてもらう方向にシフトしていた。スイスの「Vitra」がミラノサローネをキャンセルして、自分たちのキャンパスに顧客を呼ぶようになったのも象徴的でした。IFFTも人が集まらなくなっていた中で、「ジャパンファニチャー」という大きなビジョンを掲げることになったんです。

齋藤 ありがとうございます。そこからどんな価値を目指したんですか。

倉本 もう一度考えるべきは「日本の家具産業とは一体何か」ということでした。各メーカーが「自分たちの家具とは何か」と問うだけでなく、「日本」という大きなチームで海外に発信していく。例えばブランドとして成立している海外の家具でいうと「北欧家具」がありますよね。世界で見ても1つの大きな枠をなしていると思いますが、日本の家具もそうなり得るんじゃないかという可能性を感じています。

齋藤 木住野さん、「ジャパンファニチャー」のロゴや、去年各ショールームでお配りしたカードなど、このデザインシステムに行き着いた経緯をお聞かせいただけますか。

木住野 「J」と「F」をモチーフにして、日本の木を使った家具ということを表しているんですが、仁さんが話していたように、1つの場所に集まる強いイベントというよりは、全国に分散して広がっていて、様々な場所でオープンファクトリーやトークショーが行われる。そのため「強いマーク」でありつつ、グラフィックの柄に変化したり、メーカーが作る家具の形になったりと、ロゴをベースにしながら変化するビジュアルアイデンティティとして作りました。

齋藤 2025年は、ミッドタウン・ガーデンに15社が出展し、会場の形状を日本地図に見立てて、北海道から九州まで日本列島を旅するように配置しました。トークイベントも川上元美さんや深澤直人さんら豪華なメンバーで、各地域が「うちはこうしている」と発表し合うブランドプレゼンテーションは、これまでなかった機会になりました。

木住野 今年から始まった「Connect Program」のロゴも作らせていただいたんですが、皆さんが集まって「対話する」ということを、記号的にパッと伝わる形にしました。

齋藤 その「Connect Program」で、今年は旭川・飛騨・諸富を回らせていただきました。旭川では「美意識をどう産業の力に変えるか」、飛騨では「日本の家具という価値をどう作るか」をテーマに、各社それぞれ違うアプローチを語ってくださって。アプローチは違えど、「良いものを作って届けたい」という共通の北極星が見えているな、と感じました。

問い2:見せ方を、どうデザインするか

「器」としてのロゴ、「B面」という発見

「ジャパンファニチャーというのは『器』であって、それぞれの地域やメーカーの個性が主役です」(木住野氏)

「これ、B面がA面(主役)なんじゃないか」(齋藤氏)

木住野 ロゴを作る際に考えたのは、日本代表として「日本の家具」と言っているわけなので、逆に「やってはいけないこと」があるということでした。「日本の家具」と言った時の特定のイメージを固定化させてはいけない。ジャパンファニチャーというのは「器」であって、それぞれの地域やメーカーの個性——すでに一社だけでも成り立っている人たちの集合体——が主役なんです。色々な人が入った時に変化もするし、器にもなる。

齋藤 どんな形になっても「これがジャパンファニチャーだ」ということが分かりやすく表現される、その器がこうしてできたことで、JFSの自由度も上がったと思いますが、実は昨年のショーで最初に「屋外で展示しよう」と言い出したのは僕なんです。普通は空調の効いた屋内でやると思うんですけど、「もっと外に出した方がいいんじゃないか」と提案して。

倉本 最初は「できるのか?」と思いましたね(笑)。木製家具は雨や湿気と相性が良くないんです。でも話していくうちに、デンマークの「3daysofdesign」でも屋外で人々が外の空気を楽しみながら家具について語り合っている風景を見ていたので、なんとなくピンときて、「屋外という違った観点から家具を見る場は非常にいいのでは」と思うようになりました。実際、去年のJFSでは、通りすがりの人たちも非常に多く立ち寄ってくれて、「家具って面白いんだね」と楽しんでくれるお披露目の場になりました。

齋藤 さて、今年のミッドタウンでの展開は、空間の設計が非常に特徴的です。UMさんにお願いすることになったきっかけは、仁さんからなんですよね。UMさんにはどのように相談したんですか。

倉本 僕からは「雨が降っても大丈夫なように屋根を作って欲しい」というシンプルなリクエストをして、あとは彼らを信頼して任せました。本当に期待を超える良いアイデア、空間提案をしてくれて、「単なる空間の設計だけじゃなく、このイベント自体をデザインする気持ちでやってやる」という主体的な熱意を感じて、すごく嬉しかったです。

宮下 最初に仁さんからその話を聞いた時に、「外でやるって言っておきながら屋根作るなら、最初から中でやればよくないですか」と、みんなで突っ込んだのを覚えています(笑)。

齋藤 ではUMさん、今年のJFSの会場がどういう計画なのか、当人の口から説明してもらいましょう。

宮下 今年のJFSのお題として「家具を外で見せる」「でも濡らしてはいけない」と言われた時、最初は仁さんのスケッチ(ただ屋根をかけるもの)を見て「何やってんだ」と思って、「だったら、その屋根をかける『意味』をちゃんと新しく考えよう」というところからスタートしました。期間が短い中で「作って捨てて終わり」という展示はもう誰もやりたくない。そこで今回は、解体工事現場などで使われる「単管(足場材)」や仮囲いのマテリアルをリースしてきて、組み立てて返せる「屋根」として活用する計画にしています。ミッドタウンの三日月型の動線に沿って単管を並べてブース化し、各メーカーのプロダクトを配置する。これが「A面展示」です。

高橋 そのフレームの裏側、メイン動線に面した側が「B面」です。そこには椅子がどうやって作られていくか、途中で壊れた試作品などを展示します。行き着くまでのプロセスを体験しながらA面に向かっていけるような、2面性のある展示構成を提案させていただきました。

倉本 A面にはすっきりと完成品が並んでいるけれど、その裏(B面)に回ると、血と汗と涙の試行錯誤が展示されている。裏を見ると「本当にみんな苦労したんだな」ということが分かり、表を見るとすっきり美しい、そういう2面性ですね。

齋藤 僕はこの提案をいただいた時、「これ、B面がA面なんじゃないか」と言っていたんですよね。今までは失敗や苦労、努力のプロセスは見せない方がかっこいいと思われていた部分があったと思うんですが、今は時代が変化して、プロセスそのものをストーリーとして知りたいという人が増えている。オープンファクトリーや、工業試験場で破断してしまった椅子のパーツを見てもらうことが、運命の出会いや購入の動機になる。「なんでこんなに細いのに強度が成立するの」といった、地道な検査の上にできあがっている「血と汗と涙」を見せることは、ジャパンファニチャーという価値を伝えることに直結すると思っています。

問い3:「儲かる」から「共犯関係」へ

つくる人と使う人が、一緒に育てていく

「僕らは、クライアントと『共犯関係』でありたいと思っています」(宮下氏)

「クライアント、施工者、関わってくださる方々と同じ方向を向いた『大きなチーム』を作らないと、新しい価値創造はできません」(高橋氏)

齋藤 もう1つ、今年のJFSはコミュニティ化を目指していて、UMさんから「ブースを自分たち(出展者自身)で作るんです。そうじゃないとダメじゃないですか」という提案をいただきました。今までは施工業者にお金を丸投げして作ってもらうのが当たり前だったかもしれませんが、若手の人たちがここで一緒に、2日間かけて単管を並べて設営し、みんなで作っていくこと自体が、人材育成的な観点からも非常に大事な取り組みになると思っています。

宮下 僕らは、クライアントと「共犯関係」でありたいと思っています。クライアントが上にいて設計者が代弁し、工務店に指示するという主従関係を円滑に進めることもひとつの仕事の在り方ですが、僕はあまりそこには興味がありません。自分たちが「良い」と思っていることにクライアントにも共感してもらい、僕らが言っている言葉をクライアントが自分たちの言葉で話せるようになっていることが、プロジェクトを最終的にドライブさせると信じています。上から教えるのではなく、すり合わせて「これは俺の言葉だ」と言ってもらえる状態を作ることが大事です。

高橋 クライアント、施工者、関わってくださる方々と同じ方向を向いた「大きなチーム」を作らないと、新しい価値創造はできませんし、様々な困難を乗り越えられません。僕らUMの4人の中でも、同じ方向を向けるまでには議論にかなりの時間を使います。チーム全体が一体となってプロジェクトを組むことを、とても重視しています。

齋藤 今まではお金を預けて丸振りして、出来上がったものを最後にチェックして納品してもらうのが当たり前だったかもしれませんが、もうそういう時代じゃないなと現場にいて強く感じます。ブランド側としても、「削れていた、不具合が入っていた、即クレーム」となる関係性ではなく、いかにブランド側と顧客が一緒に「この家具を育てていきましょう」と言える関係性を作れるか。

倉本 以前、私が使っている「PPモブラー」の椅子が、日本特有の湿度の変化で木がパキッと割れてしまった事があったんです。それをメーカー関係者に話したら、「それは素晴らしいエイジングだね。日本独特の割れ方なんて面白い事例だから、ぜひ自分で直してみてよ。直したら写真送ってね」と言われました。謝罪の言葉ではなかったんです(笑)。でもそれって、ブランドの温かさであり、顧客と一緒に価値を育てているということですよね。

齋藤 デザイナー、作る側、使う側が、最終的には「一緒にデザインを作る側」に回っていく、というのがこれからの関係性なのかなと強く思いました。ジャパンファニチャーというプラットフォームが、そういう温かさと広がりを持っていけたらいいなと思います。

倉本 ジャパンファニチャーはまだ2年目ですが、スタートから十数社が集まっていて、日本の物づくりに共感してくれる方々が深く理解した上でスタートできています。じわじわと、この拡張性と温かい取り組みでファンが増えていくといいですね。

齋藤 ここまでで、会場の皆さんからご質問や激励などはございますでしょうか。

平田 平田椅子製作所の平田と申します。我々は2017年から毎年海外で展示会を開いているのですが、展示会後に海外のプロダクトデザイナーや建築家からお声がけをいただくことが多く、そこから新たなチームが拡大して、現在の「Ariake」というブランドの成長に繋がっています。ジャパンファニチャーとして、我々の物づくりの環境をうまく言語化・ケーススタディ化していきたい、というのがメーカーとしての強い思いです。

久保 オカムラの久保と申します。家具業界に来てまだ3年目なのですが、クラフト的な家具がある一方で、日本には「オフィス家具」のような素晴らしい工業製品的な家具もあります。そうした分野がどうやってこの取り組みに関わっていったらいいのか、お考えがあればお聞かせください。

倉本 そこは大きなテーマですよね。どうしても木製品・クラフト家具がメインだと思われがちですが、オカムラさんやコクヨさん、イトーキさんのような工業系のマテリアルや技術が集まることで、ジャパンファニチャーにさらなる「深み」が出ると思っています。ぜひ今年、参加していただきたいです。

齋藤 家具は「人に一番近いところにあるもの」です。メーカーだけでなく、その裏で金物を作っている工場や、テキスタイル、素材を考えている方々など、物づくりに関わるあらゆる人々が一堂に会する機会になればいいなと思っています。

セッションを終えて

倉本 私はこの取り組みを長い目で見て、10年後に「ジャパンファニチャー」というイベントでどういう世界が描けるのか、一緒に考えて関わっていきたいと思っています。

木住野 関係性の仕方が新しくなると、組織自体も新しくなる。そんな盛り上がりや現場の熱量を、コミュニケーショングラフィックの立場から今回はより伝えていかなければならないなと、今日改めて強く思いました。

高橋 ぜひミッドタウンの会場にいらして、出展者の皆様やディレクター陣と実際に歩き、座り、話をしながら、空間の多様性や物づくりの側面に触れていただき、新しい価値創造ができる場になればいいなと思っています。

宮下 建築業界と比べて、家具・プロダクトデザインの業界は、同世代の若手がチャンスを得られる機会が圧倒的に少ないと感じます。個人的な裏テーマとして、同世代のデザイナーたちがJFSの会場に来て物づくりの方々と接点を作れるような、そんなハブになる会場構成を作りたいと思っています。

齋藤 ジャパンファニチャーはまだ2年目で、構造的にも「産地・都内・海外」の点をしっかり打って繋げていかなければなりません。「どうしたら日本の家具業界が成長産業になるだろうか」と模索しているところです。ぜひ参加して、一緒にムーブメントを作っていきましょう。この熱量が伝播して、各社さんのブランド作りや物づくりが変わるきっかけになればと思っています。

IFFTという半世紀近い歴史に区切りをつけ、「分散と周遊」という新しい形を選んだ「JAPAN FURNITURE」。旭川・飛騨・諸富でつくり手たちが語ってきた「思想」や「らしさ」は、東京では、それを見せるための「器」と「仕掛け」としてデザインし直されていた。ロゴという「JAPAN FURNITURE」の器、屋外というJFS会場の選択、A面とB面という展示構成、そして「共犯関係」という関わり方——仕掛け人たちの議論は、JFSという一つの展示会の細部にまで、「ジャパンファニチャー」という価値が宿っていることを浮かび上がらせるものとなった。

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