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産地の連携

“日本の家具”という価値を、どうつくるか

日本各地の家具産地は、それぞれが独自の技術と文化を磨き、切磋琢磨してきました。しかし、国際競争や市場の変化が激しさを増す今、個々の産地や企業だけで立ち向かうには限界があります。産地や企業の垣根を越えて、私たちは何を共有し、どう手を取り合えるのか。本トークセッションでは、その可能性と課題を、つくり手たちが正面から議論します。日本の家具が世界で評価されるための「共通の意志」をどう束ねていくか、産業全体の未来を切り拓くための具体的な視点を議論します。

開催日時

2026年6月17日(水) 10:00–11:30

場所

飛騨・世界生活文化センター (岐阜県高山市千島町900-1)

登壇者

岡田明子(飛騨産業株式会社 代表取締役社⻑)
白川勝規(協同組合飛騨木工連合会 理事長 / 株式会社シラカワ代表取締役会⻑)
永野貴啓(ナガノインテリア工業株式会社 代表取締役社長)
平田尚二(有限会社平田椅子製作所 代表取締役会長)
藤田哲也(旭川家具工業協同組合 理事長 / 株式会社カンディハウス 代表取締役会⻑)
ファシリテーター:齋藤精一(パノラマティクス 主宰 / クリエイティブディレクター)

岡田明子

白川勝規

永野貴啓

平田尚二

藤田哲也

齋藤精一

産地連動企画

メディア・関係者向け 家具産地巡回バスツアー

高山市内の家具メーカーショールームをメインに、バスで巡るツアーを開催します。
時間 13:00–17:00(発着 : メイン会場 / 飛騨・世界生活文化センター)
定員 : 20名(予定)
参加料:無料

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産地の連携

レポート

“日本の家具”という価値を、どうつくるか

日本各地の家具産地は、それぞれが独自の技術と文化を磨き、切磋琢磨してきた。しかし、国際競争や市場の変化が激しさを増す今、個々の産地や企業だけで立ち向かうには限界がある。旭川に続く「Japan Furniture Connect Program」第2弾・飛騨のトークセッションは、テーマに「産地の連携」を掲げ、飛騨産業の岡田明子氏、シラカワの白川勝規氏、ナガノインテリアの永野貴啓氏、平田椅子製作所の平田尚二氏、カンディハウスの藤田哲也氏という4つの産地のつくり手が一堂に会した。クリエイティブディレクター・齋藤精一氏のナビゲートのもと、市場では競合でありながら、ものづくりでは同じ方向を見る経営者たちが、日本の家具が世界で評価されるための「共通の意志」をどう束ねるかを、課題も含めて正面から議論した。

4つの産地のつくり手、それぞれの現在地

飛騨産業株式会社(飛騨家具・岡田明子氏)

1920年創業。岐阜県高山市に本社を構え、約450名の従業員とともに木製家具を製造する。志「匠の心と技をもって飛騨を木工の聖地とする。」と、「人を思う」「時を継ぐ」「技を磨く」「森と歩む」の4つの価値観を掲げ、節を主役にした「森のことば」、杉の圧縮技術によるエンツォ・マーリ氏デザインの「HIDA」、三澤遥氏との「HIHI DADA」など、価値観に根ざした開発を続ける。家具に使えない樹木を活用した蒸留水事業や職人学校の運営、10年保証と修理体制も特徴。

株式会社シラカワ(飛騨家具・白川勝規氏)

創業から66年。製材業からスタートし、材料に付加価値をつける発想で家具づくりへと歩みを進めた。1983年発表の「ロートレック」は、40年以上つくり続けるロングセラー。産地でも際立つ高付加価値路線を貫く。白川氏は飛騨木工連合会の理事長として、産地全体の連携を率いる。

ナガノインテリア工業株式会社(福岡・朝倉/永野貴啓氏)

1946年創業、今年80周年を迎える一貫生産体制の木工家具メーカー。筑後川流域、家具産地の日田と大川の中間にあたる福岡県朝倉市で「メイドイン朝倉」を貫く。ブランドコンセプトは「One Order,One Story〜時を重ねて、愛着を育む家具」。基本品質・完成品質・情報品質の「3つの品質」を基準に据え、ミラノサローネには3年連続で出展。全国に8店舗の直営店を構える。

有限会社平田椅子製作所(諸富家具・平田尚二氏)

1963年創業。佐賀県諸富町に工場を構える椅子専門メーカー。デザイナーのガブリエル・タン氏をディレクターに迎え、同じ諸富町のレグナテックと共同展開する「ARIAKE」、国内の暮らしに寄り添う「Hirata Chair Collection」、家具の原点回帰を掲げデンマーク人デザイナーと協業する「平田玄コレクション」の3ブランドを展開。10年にわたり海外発信を続ける。

株式会社カンディハウス(旭川家具・藤田哲也氏)

創業58年。旭川を拠点に、創業当初から世界に通用するデザイン・素材・技術を掲げて木製家具を手がけ、現在28カ国・地域に展示販売する。道産材の活用比率は8割を超えた。藤田氏は旭川家具工業協同組合の理事長を務め、Japan Furnitureでは実行委員長としてプロジェクト全体を牽引する。

問い1:日本の家具の現在地──グローバル視点の価値とは

縮む内需の先に、世界とどう向き合うか

「日本の美意識や日本の文化が家具ブランドに表れていた方が、日本のブランドとして世界に勝てると思います」(藤田氏)

「飛騨の街並みや自然、空気の中で家具に触れることで、感じ取ってもらえるものは大きいはずです」(岡田氏)

齋藤 内需が痩せていくから外貨を獲得しに行かなければ、という流れがあります。ただ僕は、海外の方がオープンファクトリーに来て、環境と歩調を合わせたものづくりや、素材へのリスペクトに触れたら、絶対に買うと思うんですよ。そこも含めて、それぞれのブランド、産地の現在地とグローバル視点での価値を、岡田さんから聞かせてください。

岡田 輸出は推奨されていますけれども、今すぐ海外の展示会に出してどうこう、ということでは私はないと思っています。人口が減っているとはいえ、日本にはまだ1億人以上の人口があって、我々がリーチできていないお客様の層もたくさんいらっしゃる。まずはブランドを磨いて、しっかり届けていくことが大事だと思うんです。一方で、高山にはインバウンドの方がたくさん来られます。例えば、日本で見る北欧家具とデンマークで見る北欧家具って、全然良さが違うように、この街並みや自然や空気の中で家具に触れていただくことで感じ取ってもらえるものは、すごく大きいはずです。「飛騨を木工の聖地とする」という一貫性を高山から発信していくことが、海外に向けてできる一歩だと考えています。

白川 私どもは2005年からケルンメッセに4年間、その後は上海、アメリカのハイポイントマーケット、ミラノサローネにも4年間出展してきました。ケルンでロシアのレストランに3コンテナほど納品したことがあるんですが、40フィートのコンテナに800万円分くらいしか積めない。椅子なんてカートンに入れるとほとんど空気で、「空気を運んでいるようなものだ」と痛感しました。そこでミラノでは、ヨーロッパでアセンブリングできるパートナー探しを狙って、パーツを壁面に吊る、それこそ解体新書のような展示をしました。メンテナンスまで含めて品質なんだから売りっぱなしでいいのか、という考えからです。パートナーは見つかりませんでしたが、出展最後の年にアップルの新本社の椅子選定で、私どもと飛騨産業さんの椅子が候補に残った。世界で通用するという手応えは持てました。小口の輸出はとても採算が合いませんから、今はノウハウを持つ小売店や代理店にお任せしながら、輸出は伸びています。餅は餅屋。勉強しながら、もう一度攻めていきたいですね。

永野 当社も国内を悲観して海外戦略を打っているわけではありません。国内には未開拓のチャネルがまだ十分にある。ただ、既定路線の景色だけで生きていったら、どこかで止まってしまうんじゃないかという不安を5年ほど前に抱きまして、新しい舞台を作りたかったんです。人間はどんな景色を見ていくかで人生が変わる。会社も同じです。だからミラノサローネという世界一の舞台に立って、そこを普通の景色にしていく。今の若者はボーダレスな見方で生きていますから、世界に向いて戦っている会社かどうかで、お客様だけでなく、働いてくれる社員やこれから社員になるかもしれない人たちの見方も変わってくる。それに、メイドインジャパンへの信用はプレッシャーに感じるほど高い。そのイメージを裏切ってはいけないという意識が、品質を高めるきっかけも与えてくれています。

平田 10年ほど海外に取り組んできて、正直、海外売上が右肩上がりかというと、そうではないんです。ただ、気づいたことがあります。ヨーロッパというデザイン的に成熟したマーケットで認知されることが、ブランドを日本のマーケットに逆輸入していく、非常に力強いファクターになる。3daysofdesignやストックホルムの展示会には現地のメディアやインテリアへの感度の高い方が来られて、記事やSNSで広まり、巡り巡って日本のオフィスからいきなり問い合わせが来たりする。この情報の届き方はすごいなと。それから、韓国、台湾、中国、ASEANと、ヨーロッパよりずっと近くに巨大なマーケットがあります。この30年で淘汰を生き残った日本のメーカーには、付加価値でそこに挑戦できる素材が揃っていると思うんです。

齋藤 海外で活躍するクリエイターや日本の伝統産業の関係者からも、「海外の展示やショップは、その場で販売するだけでなく、ブランドを世界に発信するショールームとして捉えるべきだ」という話をよく聞きます。実際、継続的な海外発信を続けた結果、時間をかけて評価や仕事につながった事例も少なくありません。海外出展をその場で売る場と考えるのか、世界中に向けたショールームと考えるのか。ちなみに僕は、ARIAKEを海外で知りました。では藤田さん、お願いします。

藤田 カンディハウスは創業時から世界を見ようと、1984年にアメリカ、2005年にドイツに現地法人を置き、ケルンメッセには15年連続で出展しました。ただ、最初の2年は全然相手にされなかった。国内で売れている白木のものを持って行ってもダメ、色の濃い重厚なものでもダメでした。転機は、ドイツの著名なデザイナー、ペーター・マリーさんが「いいものづくりをしている」と協力を申し出てくれたことです。リビングからベッドまで全てを彼がデザインし、発表したものが爆発的に売れた。一個一個のデザインではなく、ブランドイメージをデザインすることが、ブランドを世界に生み出すのだと痛感しました。彼は日本の文化が大好きで、京都や直島も一緒に巡りました。今思えば、日本の美意識や日本の文化が家具ブランドに表れていた方が、日本のブランドとして世界に勝てると思います。

問い2:足下の森から──国産材のサイクルをどうつくるか

「材料はある」。地産地消の循環を、産地の力に変える

「材料はあるんですから、それをしっかり使っていく。そういうサイクルをしっかり作っていきたい」(白川氏)

齋藤 個社の挑戦、地域の挑戦、業界の挑戦とレベルの違う話があると思います。かつては海外から広葉樹を輸入し、日本で家具にして、また海外に製品として送り返していた。でもCO2の観点から、意識の高い国はもうそれを良しとしない。国内でどう作るか、材料も含めた取り組みを聞かせてください。

白川 20年前まで、私どもでは8割がアメリカ材でした。カンディハウスさんは国産材比率をそこまで高められましたが、飛騨も民有林の58%が広葉樹なんです。そこで今、広葉樹利用推進協議会という場で、林業関係の川上、製材業者の川中、使い手である私ども川下が、しっかりしたサイクルを作ろうと動いています。課題は乾燥キャパの不足。それから飛騨の広葉樹はまだ小径木の二次林が多いのですが、椅子の部材なら短くて細い材でも木取りできると、製材業者さんも試みてくれています。飛騨産業さんは2030年に国産材30%、私どもは分母が小さい分もっと頑張ろうと50%を目指しています。森林組合に木くず焚きのバイオボイラーで乾燥施設を作ってもらうことも含めて、本当の地産地消を。材料はあるんですから、それをしっかり使っていくサイクルを作りたい。勉強会には70名以上が集まるようになっています。

齋藤 広葉樹は針葉樹のようにポンポン出てくるものではないのに、良材が出ても運ぶのが面倒でチップにされてしまう。飛騨のように中土場から下ろして集める仕組みは、日本の林業でもかなり先端的な取り組みです。全国に派生させないといけない。藤田さん、旭川はいかがですか。

藤田 旭川は2014年から「ここの木の家具・北海道プロジェクト」を進めてきました。当時、組合全体の北海道材比率は26%前後、カンディハウスに至っては10%を切っていて、9割以上を輸入していたんです。それが昨年のデータでは組合81%、カンディハウス83%。これはカタログを変え、市場を変えて戦略的にやらないとできません。我々は北海道広葉樹利用促進研究会を立ち上げて、公的な研究機関も入れて材料の強度から塗装まで研究しました。世界に出ていくとき、どこの材料を使っているかは非常に重要です。風光明媚な北海道の材料を使っているというのは、大きな強みになっています。

齋藤 旭川には林産試験場や工芸センターというR&D(※Research and Development=研究開発)の環境が揃っています。全国の課題を北海道に集めて実験し、ノウハウを共有する、ということは考えられますか。

藤田 旭川では年のうち10カ月、広葉樹の名木市という丸太の市が立ち、全国から人が来ます。その発信が、全国に出る広葉樹の流通をある程度支えていると思います。ただ、出てくる量は決まっていますし、価格の問題もあり、家具メーカーが直接買いに行くわけでもないので、簡単ではありません。それでも林野庁が毎月のように名木市を見に来るなど、針葉樹から広葉樹への利用促進へ、国も間違いなく動き始めています。

問い3:垣根を越えて──「共通の意志」をどう束ねるか

待つのではなく、つくる。日本から一緒に出ていく「船」

「いつできるかもわからない船を待って立ち止まるんじゃ変わらない。もう、自分の船を作っていくしかない」(永野氏)

「縦割りの団体が協業して、そこにクリエイターを付けて出していく。日本のインテリア全体のブランド価値が、もう一段上がるんじゃないか」(平田氏)

齋藤 業界によっては、団体が縛りになってしまうこともあります。でも飛騨は、皆さんが一緒になって立ち向かおうとしている。昨夜の皆さんの会食が"作戦会議"のようになったと聞きました。たとえば日本の業界団体としてワンブースを持ち、各メーカーが一緒に海外へ出る。そんな話もあったのでは?

平田 昨日は本当に盛り上がりました。ただ、「家具」というくくりだけでいいのか、とも思うんです。暮らしの空間は、家具だけでなく照明やラグ、アート、テーブルウェアで構成されています。これからは、インテリアコーディネーターではなく「インテリアスタイリスト」の時代。床・壁・天井まで含めて空間をどうスタイリングするかという次元に入っている。だから3daysofdesignに出るなら、家具、照明、建築、繊維といった縦割りの団体が協業して、そこにクリエイターを付けて出していく。そこで日本のインテリア全体のブランド価値が、もう一段上がるんじゃないかと思います。

齋藤 海外の著名なデザイナーからも、「これほど優れたものづくりがあるのに、なぜ産業としてさらに大きく発展していないのか」という声を聞くことがあります。特に指摘されるのが、業界の連携や組織のあり方です。動きを縛るような団体にはもう用がなくて、力を合わせて出せる団体が絶対的に重要になる。そして建築家やデザイナーが、日本の林業の川上から川下までを知らない。次世代の教育も、Japan Furnitureが担うべきことかもしれません。

永野 団体の壁を越えての協業には、大賛成です。サローネに単独で出るのは本当に大変で、日本からみんなで出ていく船があればと、ずっと思っていました。でも、いつできるかもわからない船を待って立ち止まるんじゃ変わらないから、もう自分の船を作っていくしかないと、今はやっています。ただ、海外で出会う取引先と1社対1社で続けていくと、厳しい時に負のスパイラルに陥りかねない。物流も含めて、日本全体で組んだ組織体のような仕組みを持たないと、本当の意味で両者が発展する形はできないと思うんです。船ができれば、いち早く賛同させていただきます。

藤田 旭川では、カンディハウスの出荷場に数社が製品を持ってきて、コンテナを積み合わせて一緒に運ぶことを3年ほど前からやっています。組合の共同物流事業としては、国内向けの積み合わせを十数年続けてきました。一定の場所に集めてコントロールできる業者がいれば、全国でも可能性はあると思います。それからもう一つ、輸出で素材や技術、デザインと同じくらい大事なのが、実はサイズです。国内サイズをそのまま持って行ったら、ほぼダメ。椅子は2〜3cm、テーブルは3〜4cm高くしないと実際の需要には適いません。経験上、ここは絶対に重要です。

岡田 皆さんのお話の通り、物流は大きなネックになりますから、倉庫やアセンブルまで含めた体制が構築できたら素晴らしいと思います。それから、業界で集まるという意味では、私たちはマルニグローバルブランディングさんがディレクションと営業を、天童木工さんと飛騨産業が製造を担う「KOYORI」というグローバルアライアンスブランドをやっていて、ここ4、5年で成果が出始めています。この経験から、グローバルな視点を持つ優れたデザイナーと組むことの重要性を、ひしひしと感じますね。皆さんで一緒に展示をするとしても、優れたディレクターと優れたデザイナーが絶対に必要だと思います。

セッションを終えて

齋藤 去年、東京ミッドタウンで各メーカーにプレゼンをしてもらって驚いたのは、家具業界の中でも、他社が何をやっているかを共有する機会がほとんどないということでした。こういう場が大事です。もう一つ。メーカーと海外の間に立って価格や全体のデザインのトーンを調整する「ミドルマン」、プロデューサー人材が日本には本当に少ない。それをどう育てるかも、Japan Furnitureの役割になり得ると思います。

藤田 昨日一番盛り上がったのは、ジャパンファニチャーのブランドで、家具だけでなく日本の文化をみんなで出展する、という構想でした。海外の皆さんは日本の文化にものすごく興味を持っています。将来、3daysofdesignか、ミラノデザインウィークに出られたらいいね、と。

個社の挑戦、産地の挑戦、そして業界の挑戦。市場では競い合いながら、ものづくりでは同じ方角を見る──材料の循環から物流、人材育成まで、垣根を越えて意志を束ねた先にこそ、「日本の家具」という価値は立ち上がる。飛騨での議論は、その航路図を描き始めたセッションだった。

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